今年は娘も居ないので、お雛様は出しません。
そんな気にはなりませんでした。
夫の転倒事故から、私たちは、いろいろなことを変えなければならなくなりました。

まさかの辞職、そして心臓カテーテルで判明しつつある、
夫の動脈にある小さな瘤の危険性。

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この瘤は、義父にもありました。
夫はこれまで、きちんと定期健診を受け、2年毎にドックにも入院していたのに。

この瘤がいつ、どうしてできたのか、夫が受けてきた検査では分からずじまい。

一体、あの高額のドックとはなんなのだ、と不信感をもってしまう、
今回の検査でした。



でも、私だって、
両親がそろって脳卒中で死んだのに、自分がそうなるとは想像したくない。


今後の人生が長いか短いか、それは神様しか分かりません。
人間の私たちには、もしものときは、いつか分からない。



自分のもしもを予感して、今を生きる人など居るわけはない、とは思います。


夫の叔母は、認知症を発症する前に、施設に入所しました。
一人で死んだときに、誰かに迷惑をかけたくなかったからだったのですが。

叔母がそう決断したのは、家事をしていて、度重なるミスに怖くなったからでした。
ある日、ついにヤカンと保温ポットを使用する前に、保温ポットを火にかけた。

それが、叔母を施設に行かせる要因でした。

少なくとも、叔母は人様に迷惑を掛けたくない、
それと自分自身もが良き老後を行きようという選択をしたわけです。





昨夜の話し合いでは、夫は自分一人で行くわけではない。
一緒に行く人が、5名いるという、おかしな子どもじみた言い訳を繰り返すのです。

即ち、私が予め、反対すると想定し、答えを考えていたというわけです。





このところ、ご主人があるいは親戚が、またはご子息が、
中国と関わってきた方々からのメッセージを、何通も頂戴しています。

どなたもが、引き留めるべきです!と、
皆様一様に、お断りすべき、という意見で一致しています。

それを有り難く読みながら、如何に日本が経済では中国に結びついているのだろう。
空恐ろしくなりました。

自分たちの欲のために、次から次へと他国を侵略する中国共産党。

明らかに中国は、世界に戦争を仕掛けている。
軍を使わない、ウイルスを多額の工作マネーを、嘘の歴史情報を拡散する。

巧妙な戦争を仕掛けられていることに、
利権の為に知らんぷりをする一部の政治家と、経済界と、スパイたち。






夫67歳、身長171㎝体重53k、頭は少し薄くなってきたけど、まだ大丈夫。

性格、温厚で争いを好まず、接渉、交渉ごとでは

タフ‐ネゴシエーター【tough negotiator】 手ごわい交渉相手。とはまるで正反対ではないかと思っています。
近視、聴力少々悪し、体脂肪15%、善玉コレステロール140、悪玉42、これ通常は逆ですよね。

若いころからずっと痩せ型、食欲旺盛。
腹が立つほど、大食いなのに、太らない。
私の2倍は優に食べるのに、太らない。

なのに、この夫は、かなりの頑固者、ということが今回、判明しました。




中国各地では、今、どのような商売が流行っているかというと、
水で作ったに等しい、偽物のワクチンをせっせと製造しては、
海外のいわゆる、後進国に寄付する、ではなく、強引に売っている、そんな商売です。


国に、地震があろうが洪水があろうが、大雨で土砂崩れがあろうが、
政府が国民(人民)にほぼ、何にもしない。

もちろん、自衛隊のように自らの命を顧みず、国民を救助しません。
中国の人民軍は、共産党幹部の為にだけ稼働するのです。





そんな国では、共産党政府の与り知らぬところで、人民が悪いことをする。
地方では汚職がまかり通っていて、あの工場から荷を運ぶにも、地方長に賄賂。

そうしても、いざ、日本へ!となると、
次はその上のお役人が来る、そしてまた賄賂。

最終的には、利益の一切合切を共産党幹部が撤収してしまう。

これは、夫がまだ若いころに、私が直接、聞いた話なのです。

最近、記憶があやふやな私ですが、はっきりと記憶している話です。


そんな中国と、職場と、そして私たちの老後と、
天秤にかけるまでもない、私はそんな答えを期待していたのです。










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人は哀しみのどん底にいるときは、自分だけが不幸だと思っている。

不幸な自分は可哀想で、人から慰さめられて当たり前の存在だと。

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私は平均より(といっても何歳が平均なのか・・・・・・)少し遅くに子どもを授かった。
これ以上望めないなら不妊治療を始めると、医師に告げられたその翌月の待望の妊娠でした。



ところが、「おめでとう、妊娠です」と言われた翌朝、

早期切迫流産の危機に見舞われ、救急搬送される事態になってしまうのです。


素早く処置を施され、絶対安静、寝返りすら打てない、
お腹の痛みが引いては寄せ、寄せては返すという状況でした。




同じ病室、観察室にその女性も入院していました。
なんとも華奢で、抜けるような肌の美しい、第一印象は儚げな人。

ちょうど夢二の絵に出てきそうな、美しい女性でした。




私は、初めての妊娠で、初めての流産を経験しようとしていて。
そのときは、子どもを失ってしまう恐怖に怯えていました。

互いが、問わず語りのうちに話し始めたのは、状況が安定へと向かい始めころでした。


6床のベッドがある観察室には、そのころは、彼女と私の二人だけが入院していて。
お互いに、寝返りすら打てない絶対安静の身ながらも、会話を交わすことはできます。


先に彼女が話し始めました。
初めての妊娠で流産するかもしれない私に対する、励ましや、

優しさに溢れる語りかけに、怯える私は思わず泣いてしまう。
そうして自分のことを、ポツリポツリと話し始めたのでした。



結婚後しばらくは仕事が忙しく子どもは無理だったけど、仕事を整理し子ども迎える準備を整えた経緯。


更には、なにをもってしても妊娠を望めない不妊期間にまで。
気が付けば、初対面の人に、自分の個人的な打ち明け話をしていました。



そして、今が最初でもう最後かもしれない妊娠だと言うと、目の前のその人は聞きながら泣く。



7歳の娘が一人いると言う彼女は、二人目の子どもが望めない。
なんどもできるけど、産むまでには至らない。

娘のためにも、妹か弟をと、夫婦で望めど産むことができない。




母体を重視し、今回がラストチャンスということでした。
その願い届かず、彼女は流産してしまったのです。


私は、初めての妊娠で初めての流産の危機に見舞われている自分と、
妊娠はすれど産むまでには至らない彼女を思い、泣きました。


できないから産めない、できるのに産めない、一体、どっちが悲しいのだろう。

人は哀しみのどん底にいるときは、自分だけが不幸だと思っている。
不幸な自分は可哀想で、人から慰さめられて当たり前の存在だと。
そう思っていた自分と、不幸のどん底でありながらも、

目の前の不幸に嘆き、また不安に怯えている相手のことを思い泣ける人がいる。


同情心とは、お為ごかしから生まれるのではなく、
相手の心情に入り込み、その心中を推し量ったあたたかな思いやりから生まれる。


と、そんなことを感じました。


初めての子どもを失うかもしれない恐怖の中で、彼女のその同情心は温かかった。
できないから産めない私より、できるのに産めない彼女の方が、哀しみを抱えているだろうに。



幸い、母の胎内から押し出されてしまう試練に耐え、娘はこの世に誕生しました。




あの時、夫は台湾にいました。
娘の切迫流産のあと、数週間してから帰国しました。

そして一週間ほど日本に居て、直ぐにまた台湾に行ってしまいました。

私は、仕事を最優先させる夫に、初めて離婚という選択を頭に浮かべたのです。

切迫流産で入院していた同室のKさんの傍には、夜にはご主人がずっと付き添っていました。



私の夫は、傍にいてほしいと思う時に、居たためしはなく。
猛烈社員の典型の人でした。


義父の人生を観ているはずなのに、反面教師にはならなかったのでしょう。


今、夫は、自分の父と瓜二つの人生を歩もうとしているように、私には見えるのです。
ここいらで、この運命という、負の連鎖を断ち切らないとイケナイ。


再来年、夫は義父が亡くなった年齢になります。
その鎖を断ち切ることは、恐らく夫は自分ではできないでしょう。


熟年離婚になってしまうか、私の考えに耳を傾けてくれるのか。

今夜です、今夜、話そうと思っています。







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