本棚の【 美しい老年のために 】という本、そうだあのころのわたしは老いることが死ぬより怖かった

  15, 2019 16:00
夫が休みのときに、重いモノを移動してもらうために、連休は物置の整理、特に本の、をすると決めていた。
せっかくの連休に重い作業なんて嫌だけど、しょうがない。

老後への備えには、まず、重い本の断捨離だけはしておきたい。
売る、譲渡、廃品と、仕分けをしながら隅っこの小さな本棚に目をやる。


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物置には、買ったものの一度として、目を通しすらしていない本棚がある。
並んだ本の背表紙を見ながら、ハッと胸を突かれるような想いになった。

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ここに並ぶ本を買ったのは、ひどい更年期に悩まされている、50代半ば頃だった。

あのころのわたしは、更年期症状かどうか、不定愁訴に悩まされていて、
一番ひどいときは、仕事に出かけることもできなかった。
来る日も来る日も、家の仕事部屋に籠り、窓から空を眺めていた。

朝陽が眩しくて、起床は真夜中にして、一日中、外出もしない日々が続いていた。
夫や娘の食事の支度もできず、半病人のような有様で、ふとしことでも涙がでる。

そのうち、食事もできなくなっていき、ついには友人がわたしを病院に連れて行ってくれたのだ。

周囲はうつ病だと思っていたらしい。
が、心療内科では更年期による症状ですとはっきり言われた。

亀田先生という有名な心療内科医だったとあとで知った。
先生に話をしながら、恥ずかしげもなくわたしは、声を上げて泣いた。
子どものようにワンワンと泣いた。

診療終え精神安定剤を処方され、薬嫌いのわたしが、この薬は何錠か飲んだ。
安定剤というものの効き目を体で感じた、初めての経験だったのだ。


死ぬことを想像すると、体の底から不安が激しい嵐のように巻きあがる。
不安からパニックを起こし、過換気の苦しさを知ったのもこのとき。

人間は忘れることで生きて行く生き物だという。
脳はそのたびに記憶を上書きし、記憶は下層下層へと追いやられていく。

心が壊れそうな惨状を目の当たりにしたり、大切な子を亡くしたり、
可愛がっていた家族同然のペットを喪った。
また、パートナーや親族との永久の別れには、日にち薬ということが言われるように。


鬱の状態は少しずつ、薄雲がはがれるように遠のいていった。
それなのに、わたしは、死ぬ恐怖に心を支配されてしまい。

ウツウツ状態より強い不安を感じていた。
そんなころに手にしたのが、これらの本だった。

あの不安は嘘のようにわたしから去っていった。
今は顔を出すこともない。

老年を恐れるのは、その先にある死を意識してしまうからだ。
還暦になって、いよいよわたしも老年期に入っていく。

さっき、ようやく終わった。
今日は、とても蒸し暑くて、久しぶりに7月らしい気候だった。


仕分けが終わって、これらの本は、残すということにした。
うつくしい老年なんて、ないかもしれない、理想論かもしれない。

でも、今からが、ほんとうにこの本が必要なのかもしれないから。








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