自分と他人は違う、その違いを埋めるのは難しい

  17, 2017 07:07
台風18号の大雨が、畑の土の色を濃くしている。
大木の下はそれほどでもないのに、、土がむき出しになっているところは、けずられていく様子がはっきりとわかる。


入院と点滴という、束縛から解放されて、こんな様に心動かせられる私がいる一方で、刈り入れ前の田の様子が気になる人も多いことだろう。


大陸の偏西風に押されて、好まざる来客が、また日本全土を暴風と大雨の国にかえてしまう。
四方を海で囲まれ、豊饒な海の幸の恩恵に与ってきた私たちの国は、海からの災害に常に晒されている。

せっかく出かけたのに、出先で雨に降られたら、旅人にとって、雨は鬱陶しいものだろう。
台風の進路にあたる地域に出かける予定を組んでおられた方々は、交通機関の欠航などの憂き目にあっているかもしれない。

このように、同じものを見ても、その受け取り方は千差万別。

庭がきれいと感じる人、樹木が多いと手入れが大変、草がはびこって困るとやっかいに感じる人。
それら自然への受け止め方の異なる意見の人が会話しても、噛み合うことはないのだろうか。



樹齢五十年の美しく、まだ若い桜花が、今夏の風もない喘ぐような暑さの中、葉をハラリハラリと落し始めた。
来春は、この桜花が百花繚乱の美を見せてくれることは、もうない。


まだ、命を終える年ではないのに、この世を去る支度し始めたのだ。
名のある桜のように、樹木医にかかり、レントゲン撮影をしてやることができたら。
ひょっとしたら、線虫などが幹に巣食っているのが、分かるかもしれない。

個人では、限界がある。

桜花の咲く前で、この木は繁りすぎて花も葉っぱもいっぱいで、うちの玄関にまで入ってくると、愚痴を囁く人。
いつも、綺麗に咲いて、近くでお花見気分を味わえて、嬉しいと言ってくれる人たち。

桜花は、いろんな人々の声を、塀越しに聞いていたのだろうか。

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里では、樹木が生い茂ることで抗議の声などは、一切、でたことはなかった。
町には町の事情がある、けど、なぜ樹齢を毛嫌いするのか、寂しいなと私の心の声は云う。


どうしたら、人に、それを受け入れてもらうことができるのだろうか。

何事にも、タイミング、機が熟すという頃合いがある。
人と人の関係も、それがご近所とのことであっても、同じことなのだろうか。

こんなとき、もう少しだけ、私に社交性が備わっていたらな。




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