いろんな悩みも、生きているからこそ

  13, 2017 08:00
生きているといろんな悩みに遭遇する。
自分の年齢によってその中身も変わるわけだけど、今こうして無事に生活しているということは、折々にときどきの悩みを克服してきたのだろう。

人がたとえば、遅刻するなどの失敗をしたときに、「そういうことだったのか」と納得できたとすれば、小さな発見であっても、本人にとっては胸のつかえが取れ、その失敗の原因が判明した時の心地よさはなんともよいに違いない。

反対に、自分とは何者か、何のために生まれてきたのだろうか、などと悩んでいる時に、自分とはこれだ!
と思える答えを見つけることが出来たなら、それは素晴らしい発見ではないかと思う。
 
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【 前者を小悟、後者を大悟と仏教では名付けている 】 

ただ漠然と流されるまま生きている日々の中でも、こうして私たちは小さな発見をしている。
そして、年に一度か二度くらい大きな発見ができたならば、それは大きな喜びにつながると思う。


自然に悩みを乗り越えて来たこともあるけれど、大抵は気を許せる友人や姉妹との会話を通して、
気持ちの整理をしたり、人の書いた書物を読んだりして、問題と対峙してきた。

       
いつも思うのは、
「よし、これでいい」 とわかったつもりでいても、また同じ課題に突き当たってしまう。

結局、その時はなにもわかっていなかったのだと、後になって気づく。
こういう 「わかった」というのは「小悟」というらしい。

小悟、即ち小さな悟りとは、「わかったつもり」と言うことらしい。

本質的には何もわかっていないのに、ごく低い次元でのわずかな理解を 「小悟」 と言うのかも知れない。

       
考えてみると、私のこれまでは、「小悟」の繰り返しだった。
       
「わかったつもり」を積みあげては何かの拍子にガラガラと崩れ落ち、また、「わかったつもり」を積み上げる。

こうして生きてきた私の人生に大きな悟りが訪れることはないような気がするけれど、落ち込んでばかりもいられない。
ほんの少しでも分かって小悟を何度も何度も繰り返すことは、無駄ではないかもしれない。

今年も残り一カ月余りとなりました。
相変わらず、私は、うじうじといらぬことを考えています。



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