なんでも昔がいいいとは限らない、たとえば、こんな場合

  03, 2018 05:00
確か、小学校6年生だったと思う。
女子だけが講堂に集められて、花のおしべとめしべを例にとって、保健の先生が、男の子と女の子の体の違いを話してくれた。

教室に戻ると、男子が妙ににやにやして、わたしたち女子を見るのが、どうしょうもなく嫌だった。


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今思うと、あまりに無知すぎて恐ろしくなるけれど、わたしは、赤んぼうは、 おへそから出てくるものだと思っていた。

それは昔の教育が、人体の生々しさを表立っていうのはよくないと、考えていたからだと思っている。

小学校6年という年齢になっての性教育というのは、当時でも少し遅いような気がするけど、どうなのだろう。
話の内容は、あまりに漠然としすぎていて、何が何ならよく分からない。

ただ、女の子はそうして大人になるのだと、なんとなく理解した。



その日、帰宅するなり、

「 おかあちゃん、今日、学校で○○の話をしはったよ!」

「 そうか、○○が始まったら、男の子と手を繋いだりしたら赤ちゃんができるんやで 」

「 えっ、お母ちゃんほんま?」

「 赤ちゃんってどうやって生まれてくるの? 」

しっつこく食い下がるわたしに、長い沈黙のあとに母は言った。

「 あのな、お腹の真ん中にお臍があるやろ?そこがビョーンと伸びて、赤ちゃんがこんにちはって出てきはるんやで 」

母の話を聞いて、わたしは、ドキドキと心臓が早鐘のように打ってきた。
実は、小学校の運動会のフォークダンスの練習で、男子と手を繋いで踊ったからだ。

母の話では、男の子と手を繋ぐと、赤ん坊が出来るのだ。
M君と、H君、二人の男子に挟まれていたわたしは、とても悩んだ。

まだ子どものわたしに、赤ちゃんができる!
けれど、赤ちゃんのお父さんは、一体、M君、K君のどっちなのか。

悩んでも、誰に相談していいのかも、分からなかった。
ただ、母には言えない。父にはもっと、言えない。

ドクトル・チエコ(懐かしいでしょう!)がわたしの人生に登場するのは、もう少し後からだった。

このように、昔の性教育では、わたしのような無知な子どもがでてくるかもしれない。
わたしの母は、旧い時代を生きてきて、子どもの咄嗟の質問にも、どう答えたらいいのか、
困ったすえ思いついた考えだったのかもしれない。

さぞかし焦ったことだろう。

たしかに、今の時代ならば、学校が親が教えなくても、自然と情報は耳に入ってくるとは思う。


もしかしたらわたしは、赤ちゃんができることを悩んだ挙句、自殺したかもしれないのだ。
時は過ぎ、わたしが正しい知識を得たのは、高校生になってからだった。


ところが今は、リアルにありのままを、教えるらしい。

それはそれで、うーん、と首を傾げてしまうけれど。
昔のような、オブラートに包み過ぎもよくないのではないかと、わたしは思うのだ。








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