娘の足手まといにならない、それがガンバロウという気持ちにさせてくれる

  28, 2018 05:00
先週の土曜日、娘が梅田(大阪北部の大都市)に出かけると言う。

前夜から、明日は出かけるからと言った娘に、わたしは、久しぶりの外出はリフレッシュできるね、と、母親らしく返した。

そのときのわたしの本音は、「 お母さんも一緒に行く? 」という娘からのお誘いを、期待していた。


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けれど、娘からは何にもなし、反応すらない。

肩透かし感をくらったような、娘の後姿を見ながら、複雑な気持ちで見送ったわたし。
嬉しさと寂しさ、その両方の思い心に交錯する。



家を出てから、梅田駅に着くまではおよそ、2時間はかかる。
車でならともかく、電車に慣れていないわたしは、一人で梅田まで行くとなると、前夜から緊張してしまい、眠れなくなる。

けれど、娘は何度も一人あるいは、友人と、わたしとも、もちろん、出かけていてすっかり慣れたものだ。

嬉しさとは、その頼もしい娘に想うことで、寂しさとは相いれない。
でも、わたしの心には最近、ずっとこのようないわば、置いてけぼり状態を感じる、寂しさがある。

情けない母よね。
年齢もあるけど、わたしは長時間歩くと、手術をした足の太ももや股関節が痛む。
お洒落をしようとパンプスなどを履いて出かけると、連続して歩くのは1時間が限界ときてる。

かといって、スニーカーではどうなの、そう言われると、実はさほど大差はないのだ。

パンプスと違う箇所が痛む、という違いがあるだけ。


入院中のリハビリで、膝や足に負担がかからない歩き方も教わった。

そして、毎朝夕のストレッチを欠かさず、ラジオ体操も何年も続けている。
休むのは体調の悪いときや、インフルエンザになったときくらい。
術後のスクワットも、股関節のストレッチ、足上げ体操も、自分なりの体のメンテナンスはを怠らないようにしている。


それでも、わたしの足は、忌まわしいことに、老いていく。

だから、娘が、「 一緒に行く?」と気を使ってくれる前に、機先を制し、

「 残念やわ!お母さん、その日は用事があるから一緒に行かれんわね 」と、言うようにすしている。



颯爽と歩く娘に対し、のろのろまではないけど、疲れてくると足が重くなってくる母とでは、差がありすぎるもの。

手術に関係なく、これもは誰もが通る道、老いる母と若さ溢れる娘との、ジェネレーションギャップだろう。
それは当たり前のこと、わたしと娘では30歳と少しの、年齢差があるのだから。

だから、せめてわたしは、足手まといにだけはならないようにと。
足を上げたり曲げたり、太ももを引っ張ったりして、筋力が衰えないように今日も明日も、ガンバロウと思えるのだ。









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