母の形見の鋏と、わたしのしたこと

  16, 2018 05:00
母の葬儀のあと、形見分けの話になった。
わたしが何よりもほしかったのは、母の鋏だった。

洋裁が好きだった母が大切にしていた鋏を手元に置いておきたい。
この鋏には、姉妹も知らないわたしと母だけの秘密の出来事があった。

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子どものころには、男の子とばかり遊んでいたわたしは、ままごと遊びを知らなかった。

そのころの女の子たちは、ままごと遊びで使うお人形を、それぞれが、自分の分身のように持っていた。

お母さん手製のお人形、商店で買ったもの、クリスマスや誕生日のプレゼントなど。
どれも、それぞれ思い入れのある大切なお人形は、ままごと社会で自分の代わりをする。





わたしも母に作ってもらった和風のお人形を持っていた。
黒い色の毛糸の髪は、漆黒の黒髪で、市松さんのような顔をしていた。

出来上がったときは、着物を着ていた。
それがあまりに古臭くて、可哀想に思ったのか、母がコットンのワンピースを縫って着せてくれた。

イチゴの模様の可愛い生地で、愛らしい黒髪のそのお人形によく似合った。

わたしは、自分の分身に『 きみこちゃん 』と名付けた。



そんなある日、ままごと遊びの世界に、他所から越してきたお金持ちの子ども、くみちゃんが加わることになった。

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くみちゃんは、キャサリンという名のお人形を持っていた。
クルクルとカールしたウェービーヘアをポニーテールにし、睫毛は目の上でブドウの房のように、重そうに垂れていた。
抱いているとき、その青水晶のような目はぱっちりと開き、横に抱っこすると、ブドウ房状の睫毛が目を覆う。

みんな、我先にキャサリンを抱っこさせてと、久美ちゃんにせがむ。
そして、久美ちゃんとキャサリンは、ままごと社会のスターになっていく。


れど、私は抱っこさせてと言えなくて、いつも遠巻きにして眺めるだけだった。



近づけなかったのは、久美ちゃんとキャサリンが羨ましかったからだった。

子どもの嫉妬は、心に意地悪な感情を生んだ。

ある日、私は、家に遊びに来た久美ちゃんのキャサリンを引っ手繰った。

それから母の洋裁鋏で、あの素敵な金髪をチョキチョキと切ったのだ。
気がついたときは、豊かな髪はもうなかった。

あとの記憶は、スローモーションのように、頭の中をぐるぐる回る。


久美ちゃんが泣き出したと同時に、母が子供部屋に入って来た。
その場の様子を見て取った母は、泣きやまない久美ちゃんと、ざんぎり頭のキャサリンを、居間に連れて行った。

次に、子ども部屋に戻ってきた母は、黙ってわたしの顔をじっと見た。
それは、いつもの母の顔ではなかった。

しばらくそうしてから、母は立ち上がり、わたしの手に鋏を握らした。

そして一言、「 自分の髪を切ってごらん 」と言ったのだ。

堪らず、わたしも久美ちゃんのように、大声で泣いた。
自分の髪を切ることが怖くて出来なかった。


母の鋏は、来る日も来る日も生地を断ち、私たちの洋服を縫っては着せる。
大切にしていた鋏だった。

泣きじゃくるわたしに母は、「 久美ちゃんのキャサリンもきっと怖かったよ 」と言った。



母に叱られたことよりも、わたしは母の信頼を無くしたかもしれないと思うと、堪らなく悲しかった。

ただ、母の背中を見つめながら泣くしかなかった。


あの鋏が時をかけて、私の手元にこうしてやって来た。

子どものわたしがしたことを、帳消しには出来ないけれど、あのときの母の哀しい気落ちは、忘れずにいられる。












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