お節介で、ゆるくて濃い密度の社会だけど、やっぱりわたしは、にっぽんが好き

  14, 2018 05:00
イギリスは、個人が自立していて、個と個が尊重しあう社会を持つ国で、
方や、社会全体がゆるい生ぬるい空気感に包まれて、曖昧模糊とした関係を築くのが日本だ。
と書かれている、本、【 イギリスは大人の国、日本は子供の国 】という本を読んだ。

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【大人の国イギリスと子どもの国日本】マークス寿子著

一例をとってみると、地下鉄に定刻通り列車が到着する日本が、子供の国だと手厳しく書いている。
むしろそのことを、決して良いことだとはいえない、と一刀両断に切り捨てている。

また、イギリス人は、自動販売機を決して信用しないという。
それは、お金を投入しても、その商品が必ず出てくる保証がないかららしい。


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果たしてそうだろうか?

わたしはその一文を読んで考えた。

【大人の国とは、猜疑心を持ってかかる国なのかなと 】。

ちょっと待って、 そう思う国民性こそ、本当に信用していいのですか、と抗議の感情が頭をもたげる。

日本人は、座敷に仏間がある家で、居間にはクリスマスツリーを飾る。
そこを欧米人には、主( 自己・自我 )が無いと、揶揄される。


イギリスの貴族と結婚した著者が書く、イギリスと日本の比較では、このような描写がわんさか出てくる。
日本は経済成長を遂げて裕福になった後、品位や気概というものを失い、幼稚な人が増えたとあった。


むむむ、それをきっぱりと否定できない、腹立たしいけれど。

そこは正直、わたしも否定できない。
それを今更、国として改善するのも難しいと思う。

そして、こういう、白人社会から日本を批判した本が、重版を重ねている(わが国で!)ところも、
日本人が欧米から揶揄されるように、己というモノがないのか、と思う。

統計によると、精神病理気質を持って生まれた子供が、サイコパスのような人間に成るには、
絶対必要な環境があるという。

同じ統計では、【 このゆるい国、日本 】ではサイコパスが育ちにくい、と出ている。




それはどうしてなのだろうか。

わたしが思うに、この周囲を海に囲まれた日本は、昨今、悲惨な状況が続いているのをみても、大きな災害に遭う国。

そんな国に住んでいると、村社会で助け合って人々が災害を乗り越え、生きてきたことがうなずける。

未曽有の災害の前にあって、人がそれぞれ異なる宗教を信じようが、関係はない。
キリストも、お釈迦様も、すべては、人の救済のために存在するのだから。



だから、異なる宗教をも、例外はあれ、受け入れることができる。
災害時に、「 わたしは仏教徒ですから、キリスト教の方に助けてもらうわけにはいかない 」

とはいえない、言わないだろうと思う。


ガチガチの宗教心に凝り固まっていては、成り立たない社会で形成されているのが、日本であり続けることなのだ。

まぁ、反論はあると思いますが。
それは一見、思想もへったくれもないようだけど、別な見方をすると、他を受けいれられることではないだろうか。


村社会は排他的な面もあるけど、いい意味で、お互いがお互いを知っている密度の濃い関係が今もある。

その密度の濃い社会では、サイコパスのような人間が形成され難いのかも知れない。


いわば、ゆるゆるの濃い人間関係の中で、人々がお節介を受けいれながら暮らしている、国全体が村社会であるニッポン。

本の著者は、そこが子供の国、と言っている。
けど、その甘いゆるゆるの国、日本には、サイコパスなどのような人間が、統計上は育ち難い。


列車もいつ来るかわからない。
自動販売機から商品が出てくるとも限らない。

そんな国が大人なら、わたしはゆるゆるの子供の国でけっこう、この日本に住んでいたいなぁと思う。







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