大切な幼なじみの、乳癌の手術が無事に済んで

  08, 2018 05:00
大切な幼なじみの、乳がんの手術が無事に済み、今朝はは安堵感に満たされている。
実家に帰ったときに、ともちゃんの乳癌の告白を聞いて、ショックのあまり、わたしは何も言えなかった。

7月にそれを記事にしたあと、ともちゃんとわたしの間では、何度となく入院のことを話し合ってきた。

わたしは、ともちゃんの入院も、手術も付き添っていたかった。
何もできないかもしれないけれど、術後は傍にいて手を握るくらいはできるかもしれないから。

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小学一年生の夏休み、家族揃って木下大サーカスを見に行くことになった。
みなは、サーカスの花形の象に会えるのがうれしく、その日を指折り数え、心待ちにしていた。

嬉しさの反動で、誰よりも先に、駅の一番ホームに到着したわたし。
ふと、ホームに目をやると、構内の柱に飾られている、赤い玉のような実が写った。

竹の籠に入れられていたその赤い実が、なんであるか考えもせずに、わたしは無意識のうちに口に入れた。
そしてそれを噛んだ。


一口、二口、突然、口が火傷したように熱くなって、一気に腫れあがってきた。
それはそれは、激しい痛みで、泣くことも声を出すことすらできなかった。

痛みは、どんどん激しくなり、到着した電車に歩いていくこともできない。
駆け付けた母に、抱きかかえられるようにして、泣く泣く電車を見送った。



そして、そこには泣き顔のともちゃんがいた。
サーカスに行けず、病院に行く母とわたしだけと一緒に残ることにしてくれたのだ。

小さなころにお母さんを亡くしたともちゃんたちは、何かの行事のことあるごとに、わたしの家族と一緒に過ごしてきた。

弟のみのる君は先に電車に乗ったからサーカスには間に合った。

けれど、やさしいともちゃんは、わたしの傍に一緒に残ることにしてくれた。
どれだけともちゃんがサーカスを楽しみにしていたか、わたしが一番、知っている。

大阪の地方の田舎町では、娯楽といえば、秋のだんじり祭りに映画くらいしかなかった。

大サーカスのテントがかかるのは、大都会にしかない。
そこには、一年の何度も行ける場所ではなくて、一生分ほどの楽しみだったはず。

もし、ともちゃんがわたしなら、わたしはサーカスに行かずに待っていただろうか。
きっとサーカスに行けなかったことを、後悔してしまうと思う。


そんな昔話をしながらわたしは、ともちゃんに付き添いをしたい、手術のあとも傍にいたい、何とか恩返しがしたかった。

「 そんなあ、ゆうちゃん。おかしいわ、友だちに恩返しやなんて水臭いわ 」
と、トレードマークの愛らしいえくぼで笑いながら、言う。


ともちゃんは、願いを聞き入れてくれたわけではないけど、偶然、うちから近い病院に入院した。

結局、術後の付き添いは、娘のTちゃんがすることになり、わたしは何もできなかった。
術後しばらくは個室に入院してい、るともちゃんの顔を見にいくことくらいしか、今はできない。

それでも、遠くに嫁いでいるTちゃんの、手足代わりになることできるから。

せっかくの連休なのに、来てくれてありがとう、ごめんねと、
術後間もないのに、いつもながら相手を気遣うともちゃん。



でも、ともちゃんがもし、わたしを必要としてくれるなら、いつでも傍に駆けつけようと思っている。
人生は得てして、憎まれ者が世にはびこって、心優しき天使のような人は薄命。
という不条理な結末をもたらすことがある。

そこに、もし、運命の神様がいるのなら、この心優しきともちゃんを、救ってほしい。







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