貧乏学生だったわたしの、忘れられないアルバイト

  10, 2018 05:00
昨夜は、町内親睦会の二次会で、ワインバーに連れて行っていただいた。
これまで、ホテルのバーなどに行ったことはあるけれど、
BARバー、とはっきり看板にある店に入ったのは初めてだった。

いつものジーンズ姿ではなく、黒のパンツスーツに、ボルドーのブラウスでドレスアップし、出かけた。
ブランデーグラスのような大振りのグラスに、ほんのちょぴりワインを注ぐ。

それぞれのグラスの横には、白い小さなお皿に、丸く小粒のチョコ。
チョコは、ほんの5粒くらい、つましく添えられていた。

それが、一杯1.000円!
わたしが支払うわけではない。
けれど、恥ずかしながら、カウンターに座った人数と、ワイン一杯の金額を掛け算してしまったわたし。

にほんブログ村 主婦日記ブログへ
いつも押してくださって、ありがとうございます!

バーといえば、わたしには忘れられない想い出がある。

親元を離れて学校に行ったわたしは、とにかく貧乏学生だった。
数え切れないほどのアルバイトを経験したのも、学費の足しにするために。
定期的にアルバイト収入を得るためには、学生課の掲示板に貼られていた、家庭教師が一番だっ

けれども、人と関わることが苦手なわたしは、結局、それは続かず、割のいいアルバイトを求め転々とするしかなかった。


東急東横線沿線に(東京の私鉄)学芸大学駅がある。
そのガードに沿うように、小さな店が軒を連ねている。
スナックやバー、居酒屋、炉端焼きと仕事帰りのサラリーマンが懐ろを気にせず安心して、一杯ひっかけるような。


わたしは、その街で、忘れられないアルバイトを経験した。



【 トリスバー・カント 】は、学芸大学駅の改札を出るとすぐのところにあった。

屋号の由来は、マスターの洒落、関西弁で『 いかんといて 』、いかないでと言う意味から名付けたのだというから、笑ってしまう。

黙ってカウンターに立っていたら、渋めの紳士に見えるマスターは、駄洒落好きな大阪出身のオモロイ人だった。
重そうな木の扉の上に、あのトリスおじさんの看板があった。
看板は、駅改札を出るとすぐに見え、今宵のひとときを誘うような柔らかな光を発していた。



ある日のこと、家庭教師のアルバイトを首になったわたしは、カントの前をフラフラと亡霊のように歩いていた。

店の扉の前にさしかかっとき、何気なく顔を上げた。
そこで目にしたのは、扉の横に貼られていた小さな紙っ切れ。
急募!窮乏学生!と書かれていた。


今、思うと笑ってしまいそうな張り紙の文句だけど、当時のわたしには、運命の神様の恵みかと思えた。

お酒の席のアルバイトは、未経験で、
酔客にへんなことをされたら、学校に見つかったら、親に何て言おう、知らない世界に飛び込む前に怖じ気づいてしまう。


でも、わたしには、そんな悠長なことは言えない。
下宿代を待ってもらっていて、それを月末には、大家さんに払わなければならない。


カントのアルバイトは、そうして始まった。



来店する客層はまちまちで、サラリーマンが多かったように思う。

父とかわらない年代のおじさんたちは、お酒を飲みながら、ワイワイとよく喋る。
なぜ、人は〔特に男性は〕、お酒を飲むのだろうと不思議な気持ちで眺めていた。

父も、外でお酒を飲むときは、ここのお客さんのように、優しげで楽しそうになるのだろうか。



みんな一様に、店に来たときは、疲れたような神経を張り詰めたような顔をしている。

けれども、「マスターお勘定」というときは、まろやかで優しげな表情になり別人のような顔になる。

それは働いている私までが気分よくなる瞬間だった。

ただで飲ませてもらったわけでなく、自分たちの支払いで飲んだというのに、帰り間際には「ありがとう」と言って帰る。



男の人には、1日の憂さをはらしたり、心を解放したり、バカみたいにヘラヘラと笑える

“お酒という魔法の水”が必要なのだなと、仕事に慣れるに従い、思うようになっていった。



お客様が帰るとき、お勘定するマスターの笑顔もとびっきりになるのだ。
あのころは、夜の街のライトさえ、やわらかでほのかに光る、とても優しい輝きだった。


それはまるで、街が人々の生きる悲しみを、包み込んでくれるようだった。









いつも、たくさんの応援をありがとうございます♪


Thank you for your click.
------------------------------------------------------------------
今日も最後までお読みいただき、
おかげさまで、更新の励みになっています。










こちらも参加しています。お時間がありましたら








スポンサーサイト