生まれて初めての高級料亭で食事、【 夫に感謝の三年目の結婚記念日 】

  28, 2018 07:00
これまでの兼業主婦と違って、専業になって間もなく、わたしは自分の料理の味が濃いことに気が付いた。
薄味の家庭で育ったはずなのに、実家の味などちっとも受け継いでなく、自分流になったしまっていたのだろう。


にほんブログ村 主婦日記ブログへ
いつも押してくださって、ありがとうございます!


塩を多用しているわけではない。
お醤油だってお味噌だって、塩分控えめを使っているのに、濃くなる理由が分からない。

一定しない味付けをごまかすためしたことは、テーブルクロスや器、そして生け花をテーブルの真ん中に置く、という方法、だった。

要するに、本題から逃げたのですね。


ある日、その日は結婚記念日にあたっていたらしい。
まるで他人事のような言い方になるのは、夫との間で、結婚記念日がいつか、いつももめてしまうから。

わたしは、挙式の日がそうで、夫は入籍の日が記念日ではないかという。




それはさておき、とても珍しいとこに、
夫は自分の主張する結婚記念日の日に、(それは結婚3年目のことだった)有名な料亭を予約してくれていた。

あとにも先にもこれ一度っきりの、高級割烹の懐石をいただいた。
京都嵐山にあるその料亭は、一見さんはもちろんお断り。

お恥ずかしい話、わたしはそのような一流料亭で食事をしたことはなく、
ただただ、作法ばかりが気になり、何をどう食べたのか覚えていない。

ひとつだけ記憶しているのは、はんなりとしたお味で、全体に薄味だったということ。
これが京料理か、と思った。

kaiseki.jpg



わたしのふるさとは、淡路島に次ぐ玉ねぎの産地で、ホウレン草の収穫率も相当なものだった。
今ではすっかり有名になった、水ナスも生産量日本一を誇っていた。


ところが小さなころのわたしは、野菜が苦手で、なかでもホウレン草がどうしても食べられなかった。

一説には、幼いころの味覚は、人の一生の味に対する感覚を決めるという。



うちは農家ではなかったけれど、裏庭の一部を母が畑にしていて、
家族を賄うくらいの野菜は、自分の畑で間に合わせていたと思う。

それでも、庭の一部なので、小さな畑にたくさんの畔を作り、いろんな種類の野菜を作ることはできない。

季節ごとに、採れた野菜が食卓にあがる。
来る日も来る日も、玉ねぎ、あるいは水ナス、ホウレン草と、わたしの、三大嫌い野菜が食卓にのぼる日が続く。


露地物の野菜、即ち季節の旬の食べ物には、人間の舌にある五感のなかでも、【 旨味 】を育ててくれる。




今は、何がなくとも、ホウレン草や玉ねぎなどの野菜類は食卓に欠かせないけれど。

小さなころは、どうしても野菜を食べることができなかった。

母が一生懸命に栽培し、食卓にあげてくれた季節の恵みを、わたしは、不幸にも小さなころに味合わず、
舌の五感を養う機会を、自らがなくしていたのだ。




夫が奮発してくれた、高級懐石を食べて、そんなことを思った。


食が与える教育は、たいせつなものだなと思う。
そして、自分の味の至らなさに気づいた。

懐石のお味は、ほんのりと塩の味が舌に残る、けれどそれは、しょっぱい、というふうではない。
いうなら、海の味というのだろうか。


夫は、それをわたしに分かってほしくて、大枚をはたいたのかもしれない。
( うーん、そんな深い意味はないか )

夫の思惑はさておき、一流といわれるお店で、美味しいものを食べる意味が、なんとなく分かった結婚記念日だった。
それから、わたしが料理上手になったかどうか、それはまたのお話で。









いつも、たくさんの応援をありがとうございます♪


Thank you for your click.
------------------------------------------------------------------
今日も最後までお読みいただき、
おかげさまで、更新の励みになっています。
















こちらも参加しています。お時間がありましたら
スポンサーサイト