考えたら、自分の性格の欠点を認められないのは、子どものころからだった

  26, 2018 05:00
わたしは、子どものころには「でんぼ市」というおかしなあだ名で呼ばれていた。

【 大阪弁で、おできや吹き出物のことを、でんぼ、と言います 】

今は、それなりに図太くなったのか、は新しい何かが始まるのは、あまり緊張感をもたなくなったけれど。

子どものころは、季節の変わり目や物事の変わり目など、行事の大切なときに、
顔中に、市が開かれるくらい、『でんぼ(おでき)』をこさえていた。

神経質ではなく、とにかく環境の変化には順応する能力が、わたしは欠けていたのだろう。


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小学三年生の二学期、いつものように顔中にでんぼを作り、真っ赤に腫れ上がった顔で登校した。
今なら、アトピー性皮膚炎の人が、そのような顔をしているのを見かけることもありますが。


クラスのみんなは、わたしのでんぼ( おでき )には、もう慣れているので何も言わない、からかうこともしない。



体育の時間、その日はドッジボールの競技選手を決めることになっていた。
クラス全員が、自分が選手になってほしい人を挙手して名前をあげる。

黒板に名前が挙がるたびに、わたしの名前が書かれていく。



やっぱり・・・・・・。
女子では、わたしの名前の指名が断トツに多い。
実は、新学期前に、これが原因で悩み、わたしは胃がきりきりと痛んでいた。

人前で何かをしたり言ったり、されたり、が何よりも苦手な自分が、大勢の人の前で目立つことをしなければならない。




なぜ、そんなわたしがドッジボール大会の選手に選ばれるのかというと。
わたしは、『 横目のゆうちゃん 』と言われる、ドッジボールの達人だった。

男女混合、クラス対抗の試合で、殆どの男子は、わたしの横目を見破れない。
あっちを見ながら、そっちに投げる、という離れ業を所持していたのだった。



その時、

「ゆうちゃんは、でんぼがいっぱいで顔も腫れてるし、もしドッジボールが顔にあたったら可哀想です 」
という声が、女子の誰かからあがった。

わたしは言葉が出なかった。
恥ずかしくて、なぜこんなふうに、わたしは人前が苦手なのだろう。

わたしをかわいそうだと思い、かばってくれた女子。

なのに、面と向かって指摘されると、良い方に考えられず、依怙地になってしまう。
そんな自分が情けなくてたまらなかった。

家事が苦手な自分も、小さなことで落ち込むのも、
このような性格の欠点を素直に見つめることができなかったからかもしれない。









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