私のこころの、原風景

  01, 2017 07:00
朝まで付けっ放しだった冷房が要らなくなり、ほんの少し朝夕が過ごしやすくなったこんな頃。
私の心には、遥か昔、母が着物襷がけで稲を植えるシーンが必ずでてくる。

実家は、農家ではなかったけれど、自分の家の食を賄う野菜や米は農家出身の母の手で作られていた。
町にある家から田や畑に行くのには、少々歩かなければならなかった。

線路を超えて、遥か向こうの山並みがほんの近くに見える、その地に田畑があった。

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農事の合間に、田の畦でお茶を淹れる母の指先は泥に染まっていた。
その手を畦の水で洗い、「 きたないお手手やな 」 と笑いながら、小さな私におにぎりを握ってくれた。


時々、腰をあげ背中をそらしながら大きく伸びをして、田植えの手を休める。

そうして、田の稲を指差しながら、この草が今食べているご飯になるのだと教えてくれた。


今から思うと、あれは生きた命の授業だったと思う。
今の私は、わが子に生きた授業ができているだろうか。



そうして、母はまた田に入っていく。
母と一緒に過ごす田は、居心地のいい陽だまりのような場所だった。

カラスが鳴き、遠くの和泉山脈の山々に陽が沈むころ、ようやくは母は田から出てくる。

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古来、人の信仰は太陽を崇めることから始まったと聞いたことがある。
まさに、母は、一日を太陽に感謝しつつ、家路につくのだった。


帰り道は、手を繋ぎながら母がしてくれる、いろんな話を聞くのが愉しみだった。

それは生きる知恵となり、今も私の心の深くにしまわれていて、時折、こうして書こうと意気込まなくても、ふいと顔を出す。

そんなとき私は、自分を育んでくれた、命の原風景がそこにあると感じる。


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いつも、ありがとうございます♪
ようやく、朝夕は、少しちょっぴりですが、涼しくなってきましたね。

日暮れが早くなり、秋が一年で一番、好きな私には、うれしいことです。
今月もよろしくお願いいたします。m(._.)m


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