母が死んで十二年、それは、悲しみを癒してくれる年月だった

  27, 2018 05:00
蝉の鳴き声が耳につく、暑い夏のさなかに母は死んだ。

あの日のことは、12年が過ぎても、まだはっきりと記憶している。
ずっと誰かが傍にいて付き添っていたのに。
ほんのわずかの時間、妹もわたしも、母の傍を離れた、そのあいだに、一人で逝ってしまった母。

片手を真っ直ぐ上げて、とても穏やかな、眠っているような、そんな顔を遺して。

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病室の窓から、青く澄んだ夏の美しい空が見える。


その空はわたしの小さなころの記憶にある、夏の青い空と波の音を思い出させた。
母の横に立つ、わたしは青い半ズボンを穿いていた。

そして母と二人で海を眺めていた。

母は、「 この海も空も、おかあちゃんの生まれた家に続いてるんやで 」と、眩しそうに額に手をかざした。
あのころ、ダウン症の子どもを産んだことで、親せき中から責められていた母。

海は、母の涙を郷里の鹿児島まで運んでくれたのだろうか。


思えば、わたしの記憶は、いつも海とともにあった。
山に憧れ、その山の住人になりたいと思ったわたしには、ふるさとの海は、母なのだ。


そこに帰ると、いつも変わらずに抱きしめてくれる、そんな存在だった。

母は、いつも言っていた。

死ぬのなんて、少しも怖くはない。
ただ、あんたたちに逢えなくなるのは寂しい。
だから、幽霊になって逢いに来るから。

死ぬときには、「ありがとう、とさよなら」だけは言って死にたい。



脳出血による後遺症で言葉を失ってしまった母には、「 ありがとう 」 を言うことは、かなわなかった。

けれど、病室で一人、逝ってしまった母は、麻痺していない方の手を頭の横にあげていた。
それは、ちょうどお別れをしているようで、母はきっと、さよならと言ったのだろう。

あれから12年が過ぎた。

おかあさん、まだ幽霊にはなれないの。
早く逢いに来てくれないと、わたしがそっちに行ってしまうよ。






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