認知症は、神さまからの最後の贈り物

  20, 2018 07:00
わたしの末妹は、超未熟児で生まれた。
出生時の体重は、月満ちていたのに、わずか1800グラムだった。
誰もが、この赤ん坊は生きられないと考えていた。

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超未熟児で生まれた妹は、ダウン症でもあった。

ご存じでしょうが、ダウン症の人は、通常より短い時間しか生きられない。
平均寿命が50歳くらいだという。
妹のかかりつけ医から説明を受けて、両親が落ち込んでいたのを覚えている。



長じるにしたがって、末妹は、姉妹の誰よりも早くに、老いていった。

42歳のころ、脳のMRIを撮った病院で、脳軟化症の診断をうけた。
それは命に関わったり治療を要するものではなく、小さな脳梗塞が何箇所にもできていた。

いわば、老いていく過程で起きうる症状で、40代の妹の脳内は、70代後半に相当するとも言われた。

間もなくして、妹の老化は加速し、散歩に出かけたら家に帰えられなくなった。
その後も老いてゆくスピードは衰えることなく、ついには認知症と診断されるところまて進んだ。

同居している三女家族のことも分からなくなり、自分が自分であると認知できなくなってしまった。




【 年老いて認知症になるのは、神様からの最後の贈り物 】と言われる。

認知症になり、周囲の判断、判別も頼りなくなる。
頭に靄がかかったような状態で、
人として生きる悲しみ、苦しみ、あるいは死の恐怖を、認知症にすることで、少しでも取り除ける、という神の計らいだろうか。

妹は、死を恐れる感情もなく、いつもニコニコと、自分だけの世界を生きていた。
食べた物を喉に詰まらせたり誤嚥をするようになったことから、重篤な肺炎を併殺し、あっという間に逝ってしまった妹。

享年45歳。
ダウンの人として生きた妹の一生は、家族のアイドルであり、周囲を和ませ、人にやさしくする人生だった。
通常のわたしたちが持つ、妬みや怒り、などの人を不幸にしたり、自分の心に刃を向けるような感情はもっていなかった。
それもまた、ダウン症の不思議なところかもしれない。

肺炎の苦しい息遣いのなかで、目には死への恐怖はなかったように見えた。
外見はやはり若いままの妹なのに、ダウン症であるが故に身体が死へと向かうことは、医学の力でも止められない。

恐怖を取り除いてくれたことが、せめてもの神の最後の贈り物だったのかもしれない。






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