ウツウツになってしまうのは、心が未熟だから

  11, 2018 07:00
自分の心の風景を書く。
ただそれだけの、このブログですが、いつもお読みくださいまして、ありがとうございます。
ウツウツからなかなか抜け出せないでいます。

梅雨入りも本格的になってきて、考えると、この時期にはそうなることが多いようです。

気候と痛み、気圧と体調、そして、時候と心。
それぞれに関連して起きるのでしょうか。

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ウツウツになってしまうのは、いつもより頑張ったときになることが多い。

頑張ってみても、思うような成果が得られない。

成果が得られない裏には、自分の精神の未熟さに思い当たる。

無、ということができないわたしは、大人になりきれていない。
いつも子どもが、ああしてほしい、こうしてほしいと、駄々をこねるような精神状態なんだと気づかされる。

無償の愛、無条件に許す、無情を嘆かない。
要するに、精神的に大人だということを、頭でしかわかっていないのだろう。

自分が、わたしが、と自我の欲求を求めるから、落ち込むのだ。


笑顔の人の傍にいると心が安らぐ。
笑顔の人は、良い顔をしている。


その笑顔のおおもとは、「受け入れることができる」即ち、愛情なんだろうと思う。
赤ん坊をあやす母の顔、どんな親でも無心に慕う子の心、いたわり合う夫婦。

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人は心と心が自由に行き交い、あたため合えるときには、無欲の、ただ純な心だけになっている。

それが、良い顔をしている人なのだろう。
例え美人でなくても、ハンサムでなくても、良い顔をしている人になりたい。






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