徹夜したり、暴飲暴食ができたころが、なつかしい

  06, 2018 07:00
人間の死因に、心不全についで、多臓器不全という病名がよくつかわれる。

最近になって、その原因が、治療につかう薬を、腎臓が処理できなくなったからだと言われている。
今、世界では、入院患者にある期間を過ぎると、投薬を止めてしまうらしい。
その処置により、多臓器不全を引き起こすことが格段に下がるという。

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そう、大量の薬を投薬し続けると、まず腎臓が悲鳴をあげる。
腎臓だってフル稼働しなければならない状態には、つかれてしまう。

結果、腎臓が作り上げているネットワークが崩壊し、あちらこちらで勝手に臓器が造反してしまう。
それが多臓器不全というものだろうか。

考えたら、暴飲暴食ができるのも、体力があるからこそ、できるのだ。



これまでの人生で、わたしが初めて暴飲暴食をしたのは、中学生のころだった。
学校帰りに、友人の驕りで、お好み焼き屋さんで、お好み焼きを二枚食べた。
帰宅したら、その日はわたしの大好きな、母の甘酸っぱいポテトサラダと、カレー。


あぁ、お腹はいっぱいだけど、これは食べないわけにはいかない。
翌朝にはもうポテトサラダはなくなっているかもしれない。

今日の夕飯を食べないと、わたしは、次に母がポテトサラダを作ってくれるまで、ずっと後悔することになる。
と、そのときは、お腹はもう満腹だったのに、卑しいわたしは好物に釣られて、夕飯をいつもどおり食べたのだ。


食後しばらくして、お腹のあたりが気持ち悪くなってきて、もどしそうになった。
痛みで脂汗がでるくらいの腹痛がやってくる。
そのうち、お腹が下り気味になってきて、ようやく、母がわたしの食べすぎに気づいた。

禁止されている学校帰りの買い食いを言えずに、わたしは黙って痛みをこらえていた。
腹痛はしばらして治まったものの、胃に不快感は二三日も続いた。


薬を服用することや、お酒を飲むこと、暴飲暴食も、すべてそれを体が受け止められるからこそできること。

今のわたしでは、とても中学生のころに急性の腹痛を起こしたほどの量は食べられない。
よしんば、食べたいと思っても、その前に口が胃に食べ物を運ぼうとしないだろう。

人間はうまくできているなと思うのは、こんなとき。
年齢をともに衰える内臓が処理できるような飲み食いを、体がセルフコントロールしている。
若さでグッと一気に飲んだビールから、舌で転がすようにゆっくりと、少量のお酒を嗜む。

添加物をひかえた、素朴な味の一品を肴に、飲む。

若く元気なときは、少々の添加物も、
お醤油や砂糖たっぷりの甘く濃い味付けだって内臓は受け付けてくれる。

加齢とともに、内臓の仕事量が下がるのは致し方ない。
自分の体の声に耳を傾けなさいと、忠告してくれた免疫おじさんに感謝している。


そうは言うものの、徹夜をしてでも仕上げた仕事、明け方まで語り明かした若いころ。
身体のことなど考えもしない、無茶ができたあのころが、わたしはなつかしい。


だから、お酒がまた飲めるようになったことは、少しだけ体力が若さに逆戻りしたようで、嬉しかったのだと思う。





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