母と二人の、なつかしい風景

  14, 2018 07:00
わたしの住む地域は、田植えが早く始まる。
ゴールデンウイークが過ぎた今は、家からみえる田にはすべて青々とした水が湛えられている。

この美しい風景を見ると、懐かしさでいっぱいになる。
遥か昔、母が着物タスキがけで稲を植える、懐かしい記憶が蘇る。


実家は、農家ではなかったけれど、自分の家の食を賄う野菜やお米は、農家出身の母の手で作られていた。
町にある家から田や畑に行くのには、少々歩かなければならなかった。

線路を超えて、遥か向こうの山並みがほんの近くに見える、その地に田畑があった。



農事の合間に、田の畦でお茶を淹れる母の指先は泥に染まっていた。
その手を畦の水で洗い、「きたないお手手やな」と笑いながら、わたしにおにぎりをくれる。


時々、腰をあげ背中から大きく伸びをしながら田植えの手を休める。

田植えの稲を指差しながら、この草が今食べているご飯になるのだと教えてくれた。
そうして、母はまた田に入っていく。


背負い籠のなかには、メリケン粉と黒砂糖で作った、甘いかりんとうも入っていた。
田の畦で、小さな草花をさがしながら、かりんとうのことを考える。
口の中に、甘い味と黒砂糖の香りが広がる。



古来、人の信仰は太陽を崇めることから始まったと聞いたことがある。
まさに、母は、一日を太陽に感謝しつつ、家路につくのだった。
手を繋ぎながら母は、いろんな話をしてくれた

田んぼの世界の教えは、生きる力となり喜びとなっていたのだ。
青々と水をたたえる田に、幼き日々を重ねられる、幸せな思い出に、感謝でいっぱいになる。

母と一緒に過ごす田は、居心地のいい陽だまりのような場所だった。









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