そこにいるだけで幸せになる、場所

  17, 2018 07:00
バックヤードという、父の言った英語の響きは、わたしのお気に入りの言葉になり、
成長して、ヘルマンヘッセ著『 庭仕事の愉しみ 』を知った。

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夕方の風にざわめく木の声を聞くと、漂泊へのあこがれが私の心を強く引きつける。

それは一見そうみえるような、悲しみから逃げだしたいという願望ではない。
それは故郷への、母の記憶への、生の新たな形態へのあこがれだ。

それは家へと通じている。
どの道も家郷通じている。
一歩一歩が誕生であり、一歩一歩が死だ。
あらゆる墓は母だ。
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漂泊というと、何やらむつかしく、そして悲し気なひびきがある。

けれど、ヘッセがいう意味は違うと、わたしは思える。
さまよい惑うのは、自分の家郷にかえるための、思考のひとときなのだ。

思考することは悲しさではない、むしろ内なる自身と対話し、理解する歓びではないだろうか。


青年期のヘッセが、庭を歩きながら木々や草花に話しかける光景が、目の前に浮かんだ。
わたしは、本を胸にあたためて、しばらくヘッセとその庭を想像し、自分のものとしての光景を思い描いた。



ヘッセが愛した植物と触れ合う時間と空間を、自分の人生に持つことは、心をうんと豊かにしてくれる。
庭仕事を愉しみ、木々、草花が発するエネルギーをわたしたちは、自然に体内に取り入れている。
それは、心を癒して、穏やかな精神状態にしてくれる。

それこそが、植物がもっている力をいただくことなんだと思う。
わたしの憧れの庭は、決して広くなくていい、人と植物が共に寄り添い、穏やかに交流できる、そんな場所が庭であるように。

生涯をかけて、自分の庭にこだわったヘッセのようには、なかなかいかない。

そこにたたずみ、木と話し、草花に語りかける。
心を打ち明けられる場所としての庭を、作っていきたい。


それが、父の言いたかった、豊かな人生へのバックヤードだったのだろう。








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お詫び

こんにちは、いつもありがとうございます!
(5月16日)朝のことでした。
家事をしていて、キッチンバサミで、右手の中指と人差し指を切ってしまいました。

ほんとうに幾つになっても、慌て者、うっかり者です。
あまりに情けなくて、怪我の詳細を書く気にはなれません。(>_<)

わたしは、左手も使えるのですが、包丁とスマートフォンだけが、どういうわけか、
右手しか使えません。(ρ_;)

少しの間、料理にも困ったことになりそうです。

また、左手だけでキーボードを操作しなければなりません。
しばらくは、ブログも予約投稿で凌ごうと思っています。


皆様のところへは、(抜糸するまで)、訪問だけしかできなくて、
読み逃げ、応援ポチだけになろうかと思います。

怪我が治ったら、また、ゆっくりとコメントさせていただきますね!
よろしくお願いします!










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