わたしの庭

  16, 2018 07:00
わたしが育った家の庭は、表(オモテ)と呼ばれ、それは単に人に見ていただくため、また体裁を保つためだけにあった。
そこには、松、柘植、槙などの刈り込みやすく、目立った花の咲かない木々が植えられていた。

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表の木々は、きちんとした身なりの、礼儀正しいお客様のようで、
わたしは親しみをだくことはできなかった。

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庭はあくまで、オモテ、センザイ、と呼ばれ、庭という言葉はつかわれなかった。


ある日、木々の好きな父が、裏に庭を作り始めた。
裏庭には表のような前栽もなく、縁側から見えるような小さな池があり、家族の間では金魚の池と呼んでいた。


今思うと、大したこともないただの庭。
だけど、そこは父と子どもたちの交流の場になっていった。

家で居る父には照れくさくて話せず相談できないことも、裏庭では言えた。


裏庭には、子どもたちそれぞれに、専用の場所をくれた。
姉は野菜を植え、二人の妹はおままごとに使う野菜になる葉っぱを植えた。
わたしは、自分専用の庭には、アジサイを植えたいと思っていた。

父とよく登る山に自生しているような、ガクアジサイを自分の庭に植えたい。
けれど、どうしてもヤマアジサイを咲かせることは叶わなかった。


そして今、わたしは町家の猫の額よりも小さな庭に、鉢植えでアジサイを咲かせている。


去年の写真ですが、ご覧ください。

gakuaji.jpg

これは、里の家から持ってきた品種。
ajisai.jpg


一度折れてしまったのを、接木して咲かせた愛しいアジサイ

siaojia.jpg

わたしは、小庭に立ち思う。
庭は、広さではない。

木々の芽吹きに心弾み、花々と語らうことができ、自分と植物が寄り添ってともに生きる場所。
それが庭ではないだろうか。



裏庭を作りながら、父は言った。

裏庭は、英語でバックヤードという。
自分の人生にバックヤードを持つことが大切だと、ヘルマン・ヘッセという人の話しをしてくれた。

いつになく多弁な父だった。

父は家庭的な人とは言えなかったけれど、それなりに母を、子どもたちを大切に思っていたのだろう。
そんなふうに、今なら思える。

大工仕事などできない不器用な父が、裏庭を作り始めた、あの頃の気持ちが、今のわたしにはよく分かる。

お澄まししているような木々ではなく、心を寄せて語り合う。
父は、そんな木々の場所を作りたかったのだ。




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お詫び

こんにちは、いつもありがとうございます!
今朝早く、右手の中指と人差し指を切ってしまいました。
ただいま病院から帰宅しました。(午後4時)

ほんとうに幾つになっても、慌て者、うっかり者です。

わたしは、左手も使えるのですが、包丁とスマートフォンだけが、どういうわけか、
右手しか使えません。(ρ_;)
少しの間、料理に困ったことになりそうです。

皆様のところへは、しばらくは(抜糸するまでは)、訪問だけしかできなくて、

読み逃げ、応援だけになろうかと思います。

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