立ち入ってはいけない神聖な、猫の領域

  01, 2018 07:00
風薫り、木々からは、若葉萌えるころの芳しい香りが放たれるころ。
わたしは、懐かしく切ないある神秘的な、猫との出来事を思い出すのです。

長くなりますが、今日はそのお話しを書いてみようと思います。

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高校生の頃だった。
題名も著者も記憶にはないけれど、その本に書かれていたこと。

【 猫は自分の死が近くなると、神の住まう場所に辿り着き、そこで息絶える 】、という記述。

衝撃をうけた。
しばらく、その文章が頭をぐるぐる回る。
本の名前も、作者も覚えていないのに、その箇所だけが、いつまでも、心から消えない。


当時のわたしは、在日アメリカ人の家で下宿させてもらいながら、夕方からは牛乳配達のアルバイトをしていた。
付近の住宅街は瀟洒なお屋敷が多く、広い庭では犬や猫が何匹も、のびのびとと自由に遊んでいた。

その仔たちに飲ませる牛乳を、朝夕と、一軒のお宅で何本もとってくれる。
いわゆる、上得意が多くあった。

うち、夕方の配達が、わたしのうけもちだった。



一軒のお宅に、老猫がいた。
シェパードの子犬を自分の子のように愛する、心優しい猫。

勝手口からわたしが牛乳を持って入ると、ちょっと太めの、
「ビャァオとミャアォ」の、中間くらいの声で話しかけてくれる猫でもあった。

お手伝いさんの話では、”シナ ”という名前で、20歳になるとのこと。




わたしは、高校二年生になっていた。
いつもの配達帰りの薄暗い夕刻、その家からシナが出てくるのを見た。

なぜか、その瞬間、わたしは身を隠した方がいいと思った。
身を隠しながら見ているうちに、シナはヨタヨタと歩き始めた。
この少しまえから、シナの容態が芳しくないと、知っていた。

その時だったのだ、例の本にあった記述が頭に浮かんだのは。

わたしは、シナの後を尾けた。
老猫シナは、ヨタヨタしながらも、目的が定まっているかのように、一心不乱に歩く。

どれくらい後をつけただろう.。
ついにシナは、目的の場所に辿り着いたようだった。
そこは神社だった。

しばらく、入り口を見上げるようにしたシナ。
それから、境内をぐるっと迂回すると、本殿の縁の下に入っていった。

自転車を止めて、途中からはわたしも歩いたから分かる。
かなりの距離だった。

猫の行動範囲は分からないけれど、人間に換算すると2キロメートルはあったのではないだろうか。


その間、わき目もふらず、ただひたすらに、ヨタヨタと歩くシナの後姿を、ずっと見失わないように見つめていた。
見つめながら、途中、何度か涙が出てきた。

本に記述していた内容が真実ならば、彼女は自分が穏やかに眠るために、神の御許に着いたのだ。
シナは、いよいよか、と悟ったとき、自らの死に場所を予め決めていたのだ。

猫の、神秘とも言える一面に触れ、神々しいまでの美しさを見たような、厳かな感覚に満たされた。
もうこれ以上、わたし如きが、シナの領域を犯してはいけない。

泣きながら、わたしはその場を去った。

西行法師は、願わくば花の下にて春死なん、と詠んだ。
まさに、シナは自分の決めていた、いちばん相応しい死に方を選んだのだ。
なんと潔いシナ、そしてなんと哀しいのだろう。





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