身の回りの、絶対にないと困るモノ

  08, 2018 07:00
ないと困るモノを順に挙げなさい、と言われたら、わたしはまず、パソコンではないかと思う。
今では、インターネットを介して書くブログは、わたしの日常の大きな愉しみになっている。

スマートフォンで更新することもできるけれど、首痛や肩こりを避けるためにも、極力ひかえている。
( 外出先で、皆様のブログにおじゃまするときには、やむを得ずスマートフォンでアクセスすることはあありますが )

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たまたま、そんな話を昨夜、娘とした。


娘は、自分はなにがなくても、メガネだという。
はじめてメガネをかけたときのことを、今もはっきりと記憶している娘。



娘は、高校生1年の国語の授業で、幼いころのメガネのことを作文に書いた。

娘の作文より──────
それまでピントの合わなかった世界が、
細部まで明瞭に、輝いて見えたときの喜びは今でも覚えている。

メガネを掛け始めて、自分が世間らずであることに何度も気づかされた。
それまで知っていると思っていた親しい人の顔ですら、メガネをかけて見てみると、
全く面影が違っていて衝撃を受けたことがある。


鏡を見て、まるで自分の顔ではないかのような違和感を覚え、慣れるまで時間がかかった。
あの時から、私にとってメガネは、より多くのことを教えてくれるかけがえのないモノになった。

わたしが初めて手にしたメガネは、高級ブランド「 KENZO 」の眼鏡だった。

眼鏡は人生に一度きりのモノ。

だから、良いものを買わねばと張り切った母が、
8万円もの子供用にしては高額すぎる眼鏡を買ったのである。──────



あぁ、やぶへびとはこのことだった。
娘の話から、わたしはむかしの愚かな自分のことを思いだしてしまった。


わたしは勘違いしていた。
初めて眼鏡を作ったその日以降、成長期の娘の顔はどんどん大きくなっていき、近眼もどんどん進行した。

結局、高価すぎる眼鏡は一年ほどで役に立たなくなり、単に、オブジェとして家に保存されることになったのだ。



目は成長につれ悪くなっていくものなのに、愚かにもわたしは、買い換えることを視野に入れてなかった。

ほんと、馬鹿みたいでしょう。

娘は今、仕事をしている日はコンタクトをつけて、週末はメガネをかけて過ごしている。
コンタクトレンズを長時間つけていると、眼精疲労はかなりのものらしい。


だから、週末にはなるべく目を休めたいという娘。
わたしのパソコンに対し、娘には、やはり無くなって困るものは、メガネということになる。






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