一流料亭の味と、うちの味

  06, 2018 07:00
結婚後しばらくして、わたしは自分が作る料理の味が濃いことに気が付いた。
薄味の家庭で育ったはずなのに、母の味などちっとも受け継いではなく、自分流の味付けになってしまっていたのだろう。



わたしが嫁ぐまでは、義父と夫だけの男所帯だった家では、さほど薄味ではなかったにしても、やっぱりわたしの味付けは、濃いなと思っていたようだった。

お塩を多用しているわけではない。
お醤油だってお味噌だって、塩分控えめを使っているのに、濃くなる理由が分からない。

一定しない味付けをごまかすため、わたしがしたことはテーブルクロスや器、そして生け花をテーブルの真ん中に置く、
という方法、だった。

要するに、本筋から逃げたのだった。



ある日、その日は結婚記念日にあたっていたらしい。
まるで他人事のような書き方になるのは、夫との間で、わたしたちの結婚記念日がいつか、意見が異なっていたから。

わたしは、挙式の日が結婚記念日ではと言い、方や夫は入籍したその日が結婚記念日と主張する。



それはさておき、結婚10年目のことだった。
夫は自分の主張する結婚記念日の日に、一流料亭の食事を予約してくれていた。

あとにも先にもこれ一度っきりの、高級懐石をいただいたのだった。
京都嵐山にあるその料亭は、一見さんはもちろんお断り。


お恥ずかしい話、わたしはそのような一流料亭で食事をしたこともなく、
ただただ、正式なマナーを守っているか、そればかりが気になり、何をどう食べたのか覚えていない。

ひとつだけ、記憶しているのは、はんなりとしたお味で、全体に薄味だったということ。
わたしが作っている料理は味付けをすることで、食べ物本来の味をだいなしにしている。

そんなことを考えながら、
これが京料理か、噂どおりだなと思ったのだ。




懐石のお味は、ほんのりと塩の味が舌に残る。
けれどそれは、しょっぱい、というふうではなく旨味を感じるのだ。

いうなら、海の味というのだろうか。

すべてがシンプルなのに、おいしい。
出汁だけでない、塩の加減の素晴らしさに感動さえした。

食材を調理するということは、そのものが持つ、旨味を引き出すことなんだろう。
塩梅、てまひま、という言葉がうかぶ。

夫は、それを愚妻に分かってほしくて、大枚をはたいたのかもしれない。
いやいや、夫にそのような趣味の良さはないか。

けれどわたしは、一流といわれるお店で、美味しいものを食べる意味が、なんとなく分かった気がした。






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