「 なぜ、日本人は桜が好きなのですか? 」

  31, 2018 07:00
先日の英会話教室では、桜、お花見についての会話で盛り上がった。
そんな中、先生がみんなを見渡しながら、
「 Why do Japanese like cherry blossoms? 」 と質問してきた。

アメリカ人の先生は、日本に住んで7年になる。
ちょうど、日本という国の不思議、日本人に対する理解不能な習慣などを知りえる期間ということだろうか。

初めて日本に来た、7年前の春からずっと、お花見という行為に日本人が大騒ぎするのが、アメリカ人の自分には、分からないと言われる。


数名の英語達者な人が、お手本のような返答をしてくれて、その話題は終わるのかと思った矢先。


先生は珍しく、なおもこの、『 日本人と桜 』の 話題を続ける。
もちろん、私もその間、自分なりにその理由を考えていた。



私の心にまず浮かんだのは、桜、( cherryblossom )が好きイコールお花見( cherryblossom viewing )も好き、と同意語で考えてみることだった。

日本では、桜の季節には卒業式、入学式、初就職など、人生の大切な節目に結びついている。
これが欧米のように、9月が入学式という国々とは、そこからが違うのではないか。

小学校の入学式で、母親に手をひかれ、桜満開の校門をくぐり抜けた、あの瞬間の高揚感。
受験の嬉し悔し涙、あるいは、入社式の初々しい在りし日の自分など。

桜は、それぞれの胸に秘めた思い出を、胸に蘇らせてくれるではないだろうか。

また、満開の華やかさもつかの間、すぐに散ってしまう儚さや潔さも、日本人の好むところとも云われる。
これは、戦国時代の武将が、切腹の際の辞世の句に、桜に想いを託したことからの、影響かもしれないけれど。


このようなことを考えながら、私が答えられたのは、「 Because cherry blossoms are the hearts of Japanese people. 」
、即ち、「 桜は日本人の心です 」、というなんともお為ごかしのようなものだった。


そのとき私の心には、過去の様々な桜との思い出がいろいろ浮かんでいた。
そのエピソードの中には、まだ小さな私が初めて経験した、在日朝鮮の人々と一緒に過ごした山のお花見があった。


まったく完全に忘れていた記憶が、英会話教室の先生の質問からふいに蘇ったのだ。

いつもの癖で、私はそれらエピソードを頭の中で思い出しながら文章にしていった。
けれど、文章はあくまで日本語でしか考えられない、組み立てられない。

こんな場合、自分の【 感情 】のままを、英語で文章化したり、表現できない事実に行き当たり、語学力不足を歯がゆく思う。



「 It is difficult to speak my mind in English 」、自分の心を英語で話すのは、難しい。
国際結婚の難しさも、案外に、こんなふうな言葉の壁もあるのではないかと、ふと思ったりした。

唐突に浮かんだ初めてのお花見、( First time cherry blossom viewing )
在日朝鮮の人々とのふれあい、については、改めて書きたいと思います。

今日も長文におつきあいくださって、ありがとうございました。





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