日本人と桜、そして朝鮮の人々との初めてのお花見と。

  01, 2018 07:00
日本人とお花見について、先日の英会話教室で出た話題を、私はまだ考え続けている。
そんな中から一つのある記憶が浮かび上がってきた。


子どものころ、ふるさとの町には在日朝鮮人の人々が暮らす、地域があった。
そこは、日本人が嫌がるような仕事に就き、また毛嫌いするような作業をしてくれる人々が住んでいた。

本来なら感謝すべきところを、そこの地区の住人は蔑視されたり、あからさまに差別されたりと、嫌な目に遭うことが多かったように記憶している。

私は八歳、小学二年生だった。
ちょうどそのころ、その地区出身の友達ができた。

大善という名前のその少年は、とても利発で親思いの子で、担任の先生の覚えめでたき生徒でもあった。
私たちは、そのころ校内のドッジボール大会の選手として、よきライバルだった。

ところが、大善君のお父さんは、大ちゃんと遊びたい私に、ここに来てはいけない、そう言って家に帰すのだった。

それを両親に話した。
すると母は、ちょっと悲しそうな顔をして、次に行くときは、親に許可をもらっているといいなさい、と私に言うのだ。




あれは大ちゃんと私が、ドッジボール大会で優勝した、四年生の春だった。

大ちゃんの家と、私の家が一緒に、ふるさとの町の沿線にある桜の名所で、合同でお花見をすることになった。
まだ存命だった祖父母も歓び、一緒に行くという、わがや始まって以来の一大イベントだったと思う。

淡輪という駅で降りて、三々五々、みんなでお弁当を下げて、ゴザを持って山に登っていく。
ほどなくして目の前には、人間を見下ろすかのような、桜樹が聳えるようにして立っていた。

matabe.jpg


山の中腹にゴザを広げ、大人も子どももうち揃い桜の元、宴を愉しんだ。

朝鮮の美しい色合いの民族衣装を着けた大ちゃんのおばあちゃんが、手足を振り上げながら踊る。
民族衣装の裾を風になびかせて、たゆたう舞いのような踊りは素晴らしく、大人も子どもも盛大な拍手で応えた。

おばあちゃんの踊りを真似て、歩き始めたばかりの末妹が手足を振りながら踊りだした。
それがまた愛らしく、みなの喝采を浴びる。
春の野山に笑い声がこだまする。

わが身の足元で笑いさざめきあう人々を、桜樹は、優しく見下ろしている。

おばあちゃんの民族衣装の色は桜にも負けないほどで、子ども心にも分かる美しさだった。



そして宴も終盤。
唐突に、大ちゃんのおばあちゃんが、私の祖母の手をとり、号泣した。
大ちゃんはきっと、おばあちゃんが泣いた理由を知っていたのだろうと思う。



数年が過ぎ、私は中学生になっていた。
なぜ、大ちゃんのお父さんが小学生の私にそんなことを言ったのか、また母が悲しそうな顔をしたのか。
大人の心意を知ったころには、もう大ちゃん一家は日本には住んでいなかった。


英会話教室の先生の質問から、思いだした古い記憶は、少なくとも、私と桜を結びつけるのようなもの。
このというものこそ、日本人の根源にある、たましいではないだろうか。

桜咲くころは、その深いところに眠っているたましいを、思い出させてくれるのだろう。


来年また、「 なぜ、日本人は桜が好きなのですか? 」と訊かれたら、堂々と自分の心を英語で話したい。

雪に閉じこめられた長い冬を耐え忍び、春は身も心も開放される。
枯れ木が目立つ冬山から一転、春には山の木々が芽吹く。
なりを潜めていた木々から咲き零れそうな、淡い薄桃色の花びらは、里の人々の心の殻を開いてくれる。

きっとまだまだ、他にも、桜と私との結びつきはあることだろう。

私は、この初めてのお花見を思い出すことで、なぜ、桜に逢いたくなるのか、分かったような気がする。







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