前触れもなく、壊れてしまった洗濯機

  28, 2018 07:00
12年目になる洗濯機が、突然、ギィーと断末魔のような叫びを発したと思ったら、そのまま動かなくなってしまった。
洗濯機をトントン叩いたり、スイッチを入れ直ししたりしても、うんともすんともいわない。
しょうことなしに、途中まで洗っている、洗い水でぼとぼとに濡れた、重い洗濯ものを洗濯機から取り出した。


水をたっぷりと含んだ洗濯物のなんと重いこと。
これはかなりの重労働だった。


暖かくなったとはいえ、うちはお風呂の残り湯は使わないから、素手に冷たい洗い水はきつい。

冷たくなった手に、はぁっと息を吹きかけ揉みながら、
小さなころの寒い冬の朝、母も同じようなことをしていたことを、唐突に思い出した。



昔の洗濯機は、洗いと絞りが別々になっていて、寒い冬の日などは母は、終始、手に息を吹きかけていた。
洗い終わった洗濯物を、パンパン叩きながら丁寧に平らに広げて、絞り機に入れて回す。

汚れのひどい洗濯ものは、井戸の側でタライと洗濯板を使い、洗っていた。

壊れた洗濯機を前に、小さなころの12月という季節を、思い出した。




学校から、あるいは遊びから帰ると、洗濯物は脱衣場のカゴにいれる。
けれど、汚れがひどいものは、井戸端にいき、そこにひとまず置いていた。


すると、母が洗濯物をより分けて洗い始める。

母の背中が小刻みに揺れ、そのうち鼻歌が聞こえだす。

『 まぁわれまわれ、かるい泡まわれ♪ 』

確か、そんな歌詞だったか、洗濯のうたを歌いながら母は、タライを回す。
タライと母は、一つに合体したかのようにリズミカルで見ているだけで楽しくなる。



母は他にも、もみ殻の歌、田植えの歌、井戸の神様への感謝の歌、などと暮らしの中でいつも歌っていた。

小柄な体から、澄んだ歌声を聴くのが私は大好きだった。



電化製品が壊れても、また無くても、人の技と知恵で暮らしを営んでいた、あの頃。

母は洗濯のうたを歌いながら、時々、手を口元にもっていき、はぁーと息を吹きかける。
少しとがった口先と膨らむ母の頬を思い出し、私もタライを持ち出して、洗濯をした。



あの頃はそうなのだ、夏には夏、冬には冬と、季節とうまく付き合い、生きていたのだと思う。
そんな母がいた時代に育った私は今、洗濯機が壊れたことで、困ったと苛立つ。

母のように洗濯板でと、意気込んでみたものの、まだ左腕が痛む所為か、なかなかはかどらない。
こんなとき、私は、暮らしの中の便利なことに慣れ、いつからか、季節を楽しく生きられなくなっていることに気づくのだ。




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