お墓詣りにて、【 この世に生きた意味を思うとき 】

  21, 2018 07:00
昨日は、末妹と両親が眠るお墓に行ってきた。
車で一時間もかからない距離にあるけれど、お彼岸でもないと、お墓参りにもなかなか行かれない。
そぼふる雨のなか、苔むしたお墓は、ハッと胸を憑かれるような光景が広がっている。

人が生きて、死して、安息を夢見る場所。
安らかに眠っていると信じ、私たちはそこに牽かれるごとく参り、手を合わす。

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私がまだ小学校の低学年だった頃のこと、近所に日の出という食堂があった。
屋号に" 食堂 ”とあるのに、野菜や果物、日用品まで売っているようなお店だった。

日の出食堂には、マー坊と呼ばれる子どもがいた。
年齢はよく分からないけれど、その身体は私よりはるかに大きかった。

マー坊は、いつも鼻水を流し目ヤニをため、口からは涎を垂らしていた。
店の奥から時折聞こえる、マー坊の獣のような声が怖くて、私は、日の出食堂にお遣いに行くのが嫌でたまらなかった。

今思うと、マー坊はたぶん、脳性まひだったのだろう。


そのマー坊と、私のダウン症の末妹が仲良しになった。

末妹は優しく温厚な性格で、取り分け、身体に障害を持っている人には親切にしていた。
マー坊の言葉にならないうめき声から、彼が何を言っているのか理解した。


悲しいことに、末妹が中学2年の夏マー坊が死んだ。
狭い道から飛び出してきた車は、通りをゆっくり動くマー坊の乳母車を、咄嗟に避けることができなかった。
あっけない最期だった。


マー坊や末妹がこの世に生まれてきた意味を、最近、よく考える。
障害をもつ妹がいたから、私は自分が気味が悪いと思ったマー坊などのような人を、障害を持つからという理由で差別してはいけない、と思うようになっていった。

ダウン症は、その肉体も臓器もすべて未成熟で、小走りになっただけでも、妹は心臓発作を起こしてしまう。
寒さにはことのほか弱く、風邪からすぐに肺炎になって重篤化する。
病弱ゆえの儚さがあって、痛々しくて、小さくて、繊細で、か細かった。

末妹は生き物が大好きで、その世話をすることが、大きな生きがいだった。
心臓病で入院中の妹の喜ぶ顔が見たいから、私は家の猫の世話をし、小鳥を飼い、犬を愛した。


文字を早くに覚えたのも、絵本を読んでもらうのが何よりも好きな、妹のためにということもあった。


5年前の12月、師走の慌ただしいさなか、妹は死んだ。
まだ46歳のその最期は、臨終とはいえ肉体は若く、魂は離れるのがつらそうだった。


お墓とは、不思議な存在だと思う。
ここに大切な人々が眠ると、心から信じているわけではないけれど、
その魂に触れる瞬間を、そこに行けば肌で感じるのだ。

優しさや、人を想う感情を、もし、「 愛という言葉に置き換えるとしたら 」、
マー坊や妹の存在は、この世に生きる人間に、愛を教えるために、神様が天から遣わしたのかも知れないと思う。

そして、それがマー坊や妹が生まれてきた意味ではないだろうか。




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