同じ女の一生も、夫、妻で、しあわせの形は違ってくる

  25, 2018 07:00
せっかく治まったばかりの首の痛みがぶり返さないように、今は本を読むのを控えている。
先週、久しぶりに図書館で、モーパッサン『女の一生』を一冊だけ借りた。

この本は高校生のころに、初めて読んで衝撃をうけ、それ以来、事あるごとに何度も読んでいる。
高校生だから、そんなに早くはない時期の出会いだったけれど、正直、本を読んだあとの気分は最悪だった。

それでも、ナニカを考えることが続くと、こういう嫌な本に手が伸びる不思議な自分の読書癖には呆れてしまう。

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何不自由なく育てられた純真無垢な女性が、結婚に夢を抱き、初めて知りあった男性と結婚する。
ところが、この婿は、決して品行方正とは言えない。

主人公ジャンヌと、姉妹同様に育った女中を孕ませてしまったり、同僚の奥さんと不倫した挙句、その夫に射殺される。
目に入れても痛くないほど可愛い一人息子は放蕩三昧で、いつまでたっても自立できず、母親を悩ます。

金銭的に援助してくれたジャンヌの両親も他界し、息子の凋落で、経済的にも破綻してしまう。
財産を失い、夫や息子に裏切られ続けたジャンヌに、かつての純真無垢な面影はもうない。

人生の辛酸をなめたジャンヌは、年老いてようやく、足元の小さなしあわせに気がつくのだ。
人生、良いことばかりが続くはずはない、けれどまた、悪いことばかりが自分の身に降りかかるのでもない。

と、このように何度読み返しても、主人公のジャンヌに同情もできないというのに。
どうして私は、この本に惹かれるのだろう。


私は、縁があって夫のところに嫁ぎ、この年月をたまには諍いもするけれど、共に歩いてきた。
人見知りをする私のこの性格は『 ゆいの心、助け合いの心を重んじるこの地域に住む身 』としては致命傷になる。

そこを夫がカバーしてくれたから、私は不甲斐ないことで自己嫌悪に陥ることもなく暮らしを維持してこられた。

いろんな夫との年月を思い返すと、自分が情けなくなるときもある。
夫は、ジャンヌの夫のように、放蕩三昧などすることもなく誠実に人生を生きている。

わが家はジャンヌの生家のように裕福ではないが、赤貧を洗うほど貧しくはない。
時々、首や肩、膝が痛くなったりする些細な出来事に落ち込んでしまうこの性格の欠点を、夫は「 誰でもそうだ 」と、言ってくれる。

本とは、不思議なもので何度も読んでも、その都度、自分が本から受けるモノは異なる。
時代を経て読むと、さらに強いメッセージを受け、ハッとすることが多い。

何度目に読んだのか分からないけれど、今回は、最近の夫の激務に対し、私は不満を持っていて、
夫に仕事をセーブしてと言いたいのに、イエナイ、自分に気づいた。

それを誤魔化すために、品行に劣る夫を選んだジャンヌに、優越感を感じたいから、
モーパッサンの 『女の一生 』 を選んだのではないか、と思ったのだ。

人生は糾える縄のごとし、なるようになるさ。


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