早朝に、激しい動悸で目が覚めて

  12, 2018 07:20
早朝4時前に、激しい動悸で目が覚めた。
心臓が激しく打つような速い脈で、汚い表現だけど、苦しくてヨダレがでそうになった。
左手首に、右手の指をあてて脈を数えようとしたけどあまりに速くて、自分では数えられない。

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布団に横になることもできず、ベッドの上で座ったまま、このまま心臓が止まってしまうかも知れない恐怖と闘っていた。


枕元に置いている携帯電話に、何度も手がかかる。
そして、119を押しそうになる。

けれど、5分過ぎても苦しさは変わらないものの、それ以上、悪化する気配はない。

これは死ぬようなものではないかも知れない。
大げさにしてはいけない心と、不安に負けそうになる心。

そのはざまで格闘すること、およそ一時間。
ようやく脈が測れるくらいの速さになった。

15秒で25回、一分間に100拍。
平常は60拍前後の私にはこれでも相当に早い脈拍。

すると、あの計測不能の脈拍は、いったい一分間に何拍だったのだろう。


医食同源、という言葉がある。
もともとは、中国の薬食同源思想からの教えを、日本で造語された言葉。
体に良い滋養となる食べ物を食べることで、病を未然に防ぐという意味。

私たちの命を維持するためのこの体は、心とは異なり、自分のものであって、ものではない。
と、私は思っている。

魂には刻限はないけれど、肉体には一定の期限があるとも思っている。
なら、その期限を自分のコーディネイト一つで、私たちは延ばすことができるのではないかとも思う。

不摂生をした肉体が、イエローカードを出しているのを、私は今週はずっとキャッチできていなかった。


夫と娘のインフルエンザの看病でも、私にはうつらず健康だと、自信過剰になっていたのかもしれない。


時間をつくるために家事を早く片付けようと焦る心、何かをしながら摂る昼食。
そんなのは食事とは呼べない。

単に詰め込んでいるだけの食事を摂る。
あと少し、もうちょっと、と、キリのいいところまで頑張ってしまう性分。

若さいっぱいの肉体ならいざ知らず、この年代のオーバーワークに体が悲鳴を上げて、
私に、身体を労れと、警告を発してくれたのが、早朝の動悸だったと思う。

いつまでたっても、懲りない学べない私です。




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