春を歓びながら、父を偲ぶ

  04, 2018 07:00
週末には、父が好きだった、お城の夜桜を家族で見てきた。
昼間の桜はともかく、夜桜を見ると父を思い出してしまい、とてもつらかった。



25年前の夜、お城の桜を見回って帰ってきた父は、母の淹れたお茶を飲んでいた。
桜が咲くころになると、毎年、町会では桜当番を決めて、お城の周囲を清掃したりしていて、
その年は父があたっていた。


父の青い血管が浮き出た痩せた手が、突然、ガクンと下がり、お湯のみを落した。
父は左手で必死に、下がった右手を持ち上げている。

その直後、父のくちびるの左端から、ポタポタとヨダレが落ちてきた。
それからのことは、スローモーションのようで、ぼんやりと霞がかかっている。

父の記憶は、4月になるといつも私の頭の中を、浮かんでは消えまた浮かんだりする。
けれどそれは、DVDをゆっくり再生したように、細切れの映像でしか浮かばない。



父は65歳、2度目の脳梗塞の発作をおこした瞬間だった。


軽くすんだ初めての発作に比べ、この二度目のものは、脳幹にまで達するほどの大発作だった。

父は43日もの間、意識が戻らず、生死のはざまで闘っていた。
父を死に至らしめた病の原因は、『 心房細動 』 という不整脈だった。



心房細動とは、正常な心臓のリズムが、規則正しく1分間で60回~100回拍動するのに対し、拍動数は1分間で300回以上になり、心臓は速く不規則に拍動するようになる。
父は、この頻脈に見舞われると、胸を抑え背中を丸めてかがみながらも、苦悶の表情を浮かべて、その額には、いつもうっすらと脂汗が滲んでいた。

300拍動もの頻脈、さぞかし、苦しかったことだろうと思う。
それだけの苦しみをもたらす心房細動そのものは、命に関わるような悪性の不整脈ではない。

けれど常に、動悸や息切れがあり、通常より疲れやすいなどの症状が現れる。


この不整脈の怖ろしいのは、不規則に打つ拍動がもとで、血管内には血の塊りを作ってしまうことなのだ。
それが心臓の血管を塞いだら心筋梗塞、脳に飛べば脳梗塞になる。

父も治療は受けていた。
けれど、投薬効果もなく、ましてや心臓バイパス手術も房を電気で焼き切る手術も、何ら期待できないと言われていた。

父は、結局、69歳になった2月21日、5度目の脳梗塞で命を落としてしまう。
もっと生きてしたいことがあっただろう、見たいこともあっただろう。


傍にいたというのに、目の前で倒れ、崩れていく父を、私はどうしてやることもできなかった。
25年が過ぎ、ようやく、こうして父の病を振り返ることができる。


あのころに幼子だった傍らの娘が、夜のお城を眺めている。
その背中が父によく似ている。
大人になった娘を、一目だけでも父に見せてやりたかった。

sumaho.jpg

スマートフォンで娘が撮った写真です。
写りが粗くてごめんなさい!<(_ _)>





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