短い間だったけど、私には日米中、三人の母がいた

  02, 2018 07:00
高校生のころ、私は在日アメリカ人のお宅で、ある条件の元、無料で住まわせてもらっていた。
二年生になったころ、ひょんなツテで、中国人の小さな子ども、兄と妹二人の、家庭教師兼子守のアルバイトをすることになった。

このアルバイトは、私が妹のワンヨンちゃんに、過去記事にも書いたことがあるけれど、
日本の駄菓子を食べさせたことでご主人の怒りを買い、解雇されるまで、凡そ一年近く続けた。

子どもたちの母、恵姈さんは、細い身体にチャイナドレスのよく似合う美しい人だった。
下宿先のアメリカママ、ジェーン・リンコナさん、中国のお母さん恵姈さん、あと一人、親友の陽子のお母さんが日本の母代わりだた。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 丁寧な暮らしへ

だから、そのころの私には三人の母がいたことになる。

また、実際にそう感じる出来事があった。

高校二年の後期に、進学前の授業参観がおこなわれることになった。
本来ならば、大阪から父か母がでなければならない、けど父は入院中で母はその付き添いをしていたから上京は難しい。

陽子のお母さまが、「参観後、陽子と一緒に先生のお話しを聞くようにしましょう」と言ってくれたのがうれしかった。
下宿に帰り、何気なくその話をすると、アメリカママが突然言い放った。

「まぁ、そんなこと、どうして私に言わないの?」とさも心外だとばかりに、言う。

そしてその話が恵姈さんの知ることとなり、

「私に相談してくれないのね?」と、ここでもまた、心外だとばかりに言われてしまう。

この件では、陽子のお母さんがすぐに引っ込み、残るはアメリカと中国のお母さん。
日本の高校の授業参観に誰がどちらが行くのか、互いが両者譲らずに、引き下がらない状態になってしまった。

恵姈さんも、リンコナさんも、そのころは40代半ばくらいで、美しいお二人に学校に来てもらえるなんて。
私としてはお二人に来てほしい。

結局、陽子の勧めもあり、担任のO先生に相談することにした。

私の話を聞いた先生は、

「それならお二人に来てもらってください」と、いとも簡単に言われた。

高校二年生のあの日、一人はチャイナドレス、もうお一方は真っ白のシャネルスーツのようないでたち。
美しい二人の女性に、みなの目が釘付けになった。

その昔、小学生の私には、たったの一度だけ、母が授業参観に来てくれたことがある。
恥ずかしくて、けれど嬉しくて、授業参観の間中、こそっと後ろを振り返っては、母の姿を確認していた。
それから十年後の私には、なんと米中の母が参観してくれたのだ。


参観のお礼を言う私に、リンコナさんは、「一度でいいから日本の学校に行ってみたかったのよ」と笑いながら仰った。
というオチはあったけれど、あの日一日の、私のまだ青い人生は輝き、生まれて初めてスポットライトを浴びたのだった。





-----------------------------------------------------------------
いつも、ご訪問をありがとうございます!
ブログランキングに参加しています。

下の画像が↓ランキングバナーになります。
Thank you for your click.

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ
にほんブログ村

------------------------------------------------------------------
メッセージは、コメントは拍手コメントでお願い致します。
Please message with a clap comment.
スポンサーサイト