夢で逢えた母

  14, 2017 08:00
真夜中に夢を見て目が覚めた。
いつもなら、まだもう少し寝ようと思う時間だった。
けれど、夢があまりに鮮明すぎて、もう眠れない。

夢の中の母は、うんと若く、私が知らない時代の人だった。

父と結婚する前の、前髪をまっすぐに額に垂らした、初々しさが残っているころ。

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母は七十七歳で死んでしまった。
今も生存しているとしたら、八十八歳の米寿を祝っていたのに。

父が早くに死んでしまったから、私たち娘は母には長生きしてほしいと願っていた。

定期的に、脳ドックをメインに、全身のドックを受診し、
医師に「長生きするタイプの方ですよ」とお墨付きをもらっていた母。


その母が、人間ドック受診後、わずか半月余りで脳卒中に倒れた。
人の運命なんて本当に分からないものだと、憤りと哀しさで胸が塞いだ。

その母が医師に奇跡と言われ、脳出血より生還を果たし、七か月もの入院はしたが、無事に帰宅をすることができた。した。

脳卒中の母は、半身麻痺ではあったけれど、それからの人生を七年間を生きてくれた。


実際に、【 生きる 】という言葉が相応しい生活だったと、今振り返っても、そ思う。
半身麻痺により、車椅子生活を余儀なくされたが、家中を車椅子で移動し、麻痺していない左手で着物などを整理したりした。

同居の妹が車椅子を押し、母はスーパーに買い物によく行った。
旅行に至っては、健常のころより寧ろ、頻繁に行くようになった。
私も出来る限り仕事の時間を割き、母との旅を楽しんだ。


手術中に装着していた人工呼吸器は外せたけれど、結局、母は命と引き換えに、言葉を声を失った。
話せないもどかしさも感じさせることなく、日常の意思疎通は、すべて身振り手振りで伝えることが出来た。
喉が乾いたら、左手で水を飲む真似をして、お腹が空いたら、胃の辺りを抑え、口に食べ物を運ぶ仕草をする。

原始的なそのコミュニケーションで、意思を伝えていた。排泄も前と後ろを手で軽く叩くような動作をし、それ以外の感情は、すべて笑うことでカバーしていた母。


本当に明るい脳卒中患者だった。

「 お母さんもう一度逢いたい 」と、この数年、思慕の念を抱いたまま、その自分の感情に溺れ、寂しさに押しつぶされそうだった私。

そんな頼りない娘に、夢で逢いに来てくれた母。

「 なにやってるの。あかんよ、人生は一度っきりやからね、大切に悔いないように生きなさいよ 」

と、母の声が聞こえたような気がして、それは、真夜中の私の胸にじわっと広がる、歓びをもたらしてくれた。



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