category: ・懐かしいゆりかごの歌  1/13

ウツウツとしてるやなんて、生きる損でっせ!

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明治うまれの、わたしの祖母は、一言でいうなら、強きを挫き弱きを助く、を地で行くような人だった。大阪船場の、【 あらもんや 】で生まれ、根深い因習の地、大阪は泉州地方に嫁いできた。わたしが、東京で学校に行こうと思ったのも、その古い習慣に身動きできないほど縛られることに、抵抗をしたかったからだと思う。先日からのウツウツを引き摺ったまま、週も終わろうとしている。この間、祖母がよく夢にでてきた。これまで祖母...

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わたしは【 小さな事に囚われ過ぎて 】全体を見失ってしまう

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わたしは、木を見て森を見ず、というのか、物事の一部分や細部に気を取られて、全体を見失ってしまうことがある。何十年もむかしのことですが、短い期間だけ、わたしは教員をしていた。教職課程をとっているからと、当然のように教職に就くとは限らない。けれどわたしの場合、それ以外に選択肢がなかったこともある。北九州で教員採用試験を受け、その地で勤務することになった。わたしの指導教員についてくださったのは、ベテラン...

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年老いて、学校に通い始めた母

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わたしの母は、家庭の事情で短い期間しか学校へ通えなかった。母は、平仮名は読めても、難しい漢字は知らなかった。嫁いできたころ、無学な母を、父の姉たちはわざとむつかしい漢字で、八百屋さんの通い帳を書いては、読めないと、笑うのだった。むかしは、八百屋さんに買い物に行くときには、通い帳という小冊子を持っていく。注文するところに、ネギを葱、ゴボウを牛蒡と書いては、意地悪するのだ。それを言いきかせ、母の嫁とし...

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物語は、ハッピーエンドとは限らない

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祖母の話が好きだったわたしは、学習用のノートに絵を描いて、ちょっとしたお話しをそえて、本を作り始めた。それは幼い、自己満足の世界だったかもしれないけれど、わたしが作る物語を心待ちにしてくれる人もいた。小さな絵本は、家族の中 ( 三女と四女の妹 )、とクラスの女子の何人かが、出来上がるのを楽しみにしてくれた。わたしが絵を描き言葉をのせた、架空の物語の世界を楽しんでくれる人がいる、それがとてもうれしかった...

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こんな朝は、亡き祖母のことを思い出します

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暑くもなく寒くもない、霧のような雨が降る。庭先の木々からは、芳しい雨を含んだ匂いがする。匂いは香りとなる。その香りは鼻腔を刺激し、心にはいってきて、過ぎ去った日々のなつかしく、愛おしい記憶をよみがえらせてくれる。子どもの頃、雨が嫌いだというわたしに、祖母は雨降りかみさまの話を聞かせてくれた。 冬が始まろうとしていた祖母の部屋には、菊の花のような炭がちろちろ燃えていた。 部屋は、夏障子から冬の障子に変...

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